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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)8230号 判決 1973年8月29日

原告

株式会社第一ホテル

右代表者

土屋計雄

右代理人

青木一男

<外三名>

被告

右代表者法務大臣

田中伊三次

右指定代理人

神原夏樹

<外七名>

主文

被告は原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決ならびに担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二  当事者の事実主張

(請求原因)

一(一)  別紙物件目録記載の建物(通称「山王ホテル」以下「本件建物」という。)は、もと株式会社山王ホテル(以下単に「山王ホテル」という。)の所有であつたところ、昭和二一年九月一日連合国占領軍によつて接収されたが、同日付契約書をもつて右山王ホテルと被告(担当機関は東京都長官官房会計課長)との間に、本件建物につき、期間を同日より本件賃借目的の終了までとする賃貸借契約が締結され、本件建物は同日以降占領軍の使用に供されるに至つた。

(二)  その後、山王ホテルは、昭和二三年四月一日付契約書をもつて、被告(担当機関は特別調達庁契約局長)との間に、期間を昭和二四年三月三一日までと定めて賃貸借契約を締結し、右契約は、その後一年毎に更新され、昭和二六年三月三一日まで存続した。次いで、山王ホテルは、同年一〇月一〇日付契約書をもつて、被告(担当機関は東京特別調達局管財部長)との間に、期間を同年四月一日より一年間とし、ただし被告において毎年一方的に契約を更新することができる旨を定めて賃貸借契約を締結し、右契約は昭和二七年四月一日から一年間更新された。

(三)  ところが、同月二八日平和条約が発効したのに伴い、被告は「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(以下「旧安保条約」という。)第三条に基づく行政協定」第二条第一項の施設として引き続き本件建物をアメリカ合衆国駐留軍(以下単に「駐留軍」という。)の使用に供することとなつたが、右(二)記載の契約は平和条約発効後九〇日の経過で失効することとなつたため、山王ホテルは、同年七月二八日、被告(担当機関は東京調達局不動産部長)との間に、本件建物につき改めて賃貸借契約を締結し(ただし契約書上は同日付「不動産契約特殊契約条項改訂条項」と題する合意書をもつて右(二)記載の契約を改訂する形式をとり、なお前記一方的更新権に関する規定は削除した。)、以来本件建物は駐留軍の使用に供されるに至つた。そして、翌昭和二八年三月二五日付契約書をもつて、山王ホテルと被告(担当機関は前同)との間の合意により、昭和二七年七月二八日以降昭和二八年三月三一日までの賃貸借につき契約書全文が改められ、期間満了の際被告において必要あるときは賃貸人と協議の上右賃貸借契約を更新することができる旨規定され、合意による更新が定められるに至つた。

(四)  そして、同年四月一日以降の山王ホテルと被告との間の賃貸借は、期間を毎年四月一日から翌年三月三一日までと定められ、右更新の規定に従つて、合意により一年あて更新されて昭和四四年三月三一日に至つた。

(五)  その間、原告会社は、昭和四三年八月二二日、山王ホテルを吸収合併して本件建物の所有権を取得し、山王ホテルより本件建物の賃貸人たる地位を承継した。

二(一)  ところで、平和条約発効前の前項(一)、(二)記載の賃貸借契約は占領軍の調達命令に基づくものであつて憲法以上の権力の命令に由来し、建物所有者たる山王ホテルにおいて諾否の自由を有するものではなく、期間の点についても前項(一)記載の昭和二一年九月一日付の契約書においては同日より本件賃貸目的の終了までとされ、また前項(二)記載の昭和二六年一〇月一〇日付の契約書には期間を一年と定めながら、被告において毎年一方的に契約を更新することができる旨の規定が存した。しかし、平和条約が発効し、わが国が独立を回復した後は、本件建物の賃貸借がたとえ駐留軍に対する施設の提供を目的とするものであるとしても、民法の全面的適用を受け、その契約関係が当事者の自由意思に基づいて規律されるべきことは一般の賃貸借と何ら異なるところはない。右の理は、前項(三)に述べたように、平和条約発効後の昭和二七年七月二八日付合意書において前記一方的更新権の規定が削除されたこと、また昭和二八年三月二五日付契約書においては右のような目的終了による終期の条項とか、被告に一方的更新権を認める条項をおかず、期間満了の際合意によつて契約を更新することができるとされたことから明らかである。したがつて、平和条約発効後の昭和二七年七月二八日以降の本件建物の賃貸借は、契約書に明記されているとおり、期間を、当初は右同日より昭和二八年三月三一日まで、その後は毎年四月一日から一年間とし、期間満了の際被告において必要あるときは賃貸人との合意によつて契約を更新することができる旨の定めのある単純な賃貸借である。

(二)  仮りに、昭和二七年七月二八日以降の本件建物の賃貸借契約が被告主張のとおり不確定期限付であるとしても、右賃貸借契約は、民法第六〇四条の規定により、少くとも右昭和二七年七月二八日から二〇年を経過した時をもつて終了すべきものである。

三  そして、本件建物の賃貸借契約には借家法の適用はないものというべきである。けだし、借家法は憲法の保障する所有権を制限し、契約自由の原則を破る異例の立法であるが、それは住宅難に苦しむ庶民の救済を目的とする社会政策的立法であり、国家のごとき最強の実力者が賃借人である場合に同法を適用し、もつて弱者たる賃貸人を窮地に陥れることは立法の精神に全く背馳するものだからである。

したがつて、本件建物の賃貸借については、賃貸人がその更新を承諸しない限り、約定期間の満了と同時に当然終了するところ、原告会社は昭和四四年三月三一日の期間満了をもつて更新を拒絶しているから、本件建物の賃貸借は右同日終了したものというべきであり、仮りにそうでないとしても、昭和二七年七月二八日から二〇年を経過した昭和四七年七月二七日をもつて当然終了したものというべきである。

四(一)  仮りに本件建物の賃貸借に借家法の適用があるとしても、原告会社は、昭和四三年九月二五日ころ到達の内容証明郵便をもつて、被告に対し更新拒絶の通知をなしたから、右賃貸借は昭和四四年三月三一日をもつて終了した。また原告会社は昭和四四年以来本訴をもつて被告に対し本件建物の明渡を求めてきたのであるから、右賃貸借は遅くとも昭和四七年七月二七日をもつて終了した。

(二)  右更新拒絶の正当事由はつぎのとおりである。

1 原告会社には本件建物をホテルとして使用する必要性がある。特に、近時京浜地区のホテル施設は、増大する宿泊需要に対して極度に不足しており、反面土地価格の高騰等によつて新たに用地を取得してホテルを経営することは至難なことに属する。しかも、本件建物の立地条件、敷地の規模は業界屈指のものと評価されているにもかかわらず、現状は広大な敷地に極く僅かの建物が存在するだけで極めて非効率な使用が続けられており、ここに大ビジネスホテルを建設するならば、敷地が効率的に利用されることとなる上、ホテル不足の問題の解決にも寄与しうるのであつて、本件建物の返還は原告会社の死活問題であると同時に国策にも合致するものというべきである。

2 昭和二七年七月二六日外務省告示第三四号には、旧安保条約第三条に基づく行政協定により駐留軍に提供する施設、区域につき、「無期限使用の部」に属するものと、「一時使用の部」に属するものとが区別されており、本件建物は「一時使用の部」に掲記されている。右「一時使用」なる告示は、駐留軍に提供する施設、区域は原則として国有のものに限るが、ただ民有のもので従前から使用しており、移転先等の関係でなお継続して使用する必要があるものに限り一時的例外的に賃貸借を継続するという、日米両国間の合意を前提とする被告(政府)の返還に関する基本方針を明らかにしたものであり、山王ホテルは右のような被告の基本方針を信頼し、一年期限の契約であれば何時でも返還してもらえるという安心感の下に平和条約発効後も契約を締結し、その更新に応じてきたのである。しかるに、右基本方針に反して本件建物を平和条約発行後約二〇年を経てなお返還しないのは、被告(政府)の怠慢であり、多年にわたる山王ホテルないし原告会社の好意に対する不信行為である。

3 また、前記告示の「一時使用の部」に掲記されている物件はほとんど返還を了し、残るは本件建物のみであり、戦時下、占領下においては国民の犠牲が不公平であることもまたやむをえないとしても、既に独立回復後二〇年になろうとする今日において、原告会社にのみ過重な犠牲を強いるのは正義公平の原則に反するものである。また被告は今日まで莫大な国費を役じて数多くの駐留軍用宿舎その他を建設しており、かつ都心に広大な国有地を有し、これに本件建物の代替施設を建設することは極めて容易なことであるというべく、現に被告は本件建物の代替施設を建設するに適した多数の国有地を処分しているほどである。

五  よつて、原告は被告に対し、賃貸借契約終了を理由として本件建物の明渡を求める。

(請求原因に対する答弁)

一(一)  請求原因一、(一)の事実は認める。ただし、昭和二一年九月一日成立の賃貸借契約は、後記のとおり不確定期限付のものである。

(二)  同(二)の事実中、山王ホテルと被告との間に、昭和二三年四月一日および昭和二六年一〇月一〇日に、原告主張のとおりの期間および一方的更新権を定めた契約書が取り交されたこと、契約書上原告主張の各時期に更新の形をとつたことはいずれも認めるが、その余は争う。右のような取扱いは、後記の事情により、単に書面上の取扱いとしてなしたものにすぎない。

(三)  同(三)の事実中、昭和二八年三月二五日付契約書をもつて合意による更新が定められるに至つたことは否認し、その余はすべて認める。ただし、昭和二七年七月二八日山王ホテルと被告との間に成立した賃貸借契約は、後記のとおり、不確定期限付であり、昭和二八年三月二五日付契約書の期間および更新に関する規定は前同様書面上そのような形式をとつたものにすぎない。

(四)  同(四)の事実中、昭和二八年四月一日以降の賃貸借契約の期間が書面上原告主張のとおり定められ、書面上合意による一年あての契約更新の形をとつて昭和四四年三月三一日に至つたことは認めるが、その余は争う。右の取扱いも前同様単に書面上の取扱いとしてなしたものにすぎない。

(五)  同(五)の事実は認める。

二(一)  請求原因二、(一)の主張のうち、平和条約発効後の本件建物の賃貸借に民法が適用されるべきであることは争わないが、その余は争う。

(二)  同(二)の主張は認める。

三  請求原因三の主張のうち、原告会社が昭和四四年三月三一日に期間が満了したと主張して更新を拒絶している事実は認めるが、その余は争う。借家法は賃貸借の目的物件が建物といいうるものであれば、その用途、種類、契約当事者のいかんを問うことなく、すべて適用されるべきである。

四(一)  請求原因四、(一)の事実中、原告主張のころ更新拒絶の内容証明郵便が到達したことは認めるが、その余は争う。

(二)1  同(二)の1の事実は争う。

2  同(二)の2の事実中、原告主張の外務省告示に旧安保条約第三条に基づく行政協定により駐留軍に提供する施設、区域につき、原告主張の区別がなされており、本件建物が「一時使用の部」に掲記されていたことは認めるが、その余は争う。被告は昭和三六年四月一九日調達庁告示第四号により「日本国とアメリカ合衆国との間に相互協力及び安全保障条約(以下「新安保条約」という。)第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」(以下「地位協定」という。)第二条による施設及び区域表を明らかにしたが、ここでは原告主張のような「無期限使用」と「一時使用」との区別をしておらず、現在も右と同様である。したがつて、右区別廃止後においては、右施設、区域の使用期限は、前記用語にしたがえばまさに「無期限使用」ということになつたのであり、右区別廃止後も山王ホテルは被告との間に従前どおりの契約を継続してきたのであるから、山王ホテルが原告主張の、被告の基本方針なるものを信頼し、何時でも返還してもらえるという安心感の下に更新に応じた旨の主張は納得できない。

3  同(二)の3の事実は争う。前記告示の「一時使用の部」に掲記されていた物件で現在でも返還されていないものは本件建物を含めて七件に及んでいる。

(被告の主張)

一(一)1 本件建物は昭和二一年九月一日連合国占領軍に接収されたので、被告は接収に伴う法律関係を整えるために、山王ホテルから右同日以降連合国占領軍の必要とする限り存続する旨の不確定期限付で、本件建物を賃借し、占領軍にこれを提供してきたが、平和条約発効後の昭和二七年七月二八日からは、被告は旧安保条約第三条に基づく行政協定を実施するために、駐留軍の用に供する目的で、しかるも駐留軍の必要とする限り存続する旨の不確定期限付にてこれを賃借し、次いで昭和三五年六月二三日以降は新安保条約の発効に伴い、同条約第六条に基づく地位協定を実施するために、従前と同様の目的で、不確定期限付にて本件建物の賃借を継続した。そして、右賃貸借は昭和二七年七月二八日から二〇年を経過し、民法第六〇四条の規定により、その期間が満了したが、借家法第一条の二、第二条、によつて、さらに同一の不確定期限付で更新され、現在もなお駐留軍が本件建物を使用しているのであるから、未だ右期限は到来していない。

2 ところで借家契約において不確定期限の定めがなされている場合、当該不確定要素は賃貸人側の事情であることが通常であり、この場合には借家人の不利益とならないように一定の制約の下にのみ右定めを有効と解すべきとする考え方もあるが、本件の場合不確定要素はもつぱら借家人である被告側の事情にかかつているのであるから、右定めを無条件に有効と解することに何ら障害はない。しかも本件の場合一年以内に不確定要素が確定することはありえないから、前記昭和二七年七月二八日成立の賃貸借の期限は一年以上の不確定期限であるというべく、右不確定要素が確定した時に期限が到来し、借家法によりその際に「正当事由」が存在すれば原告は本件建物の明渡を求めうるのである。

(二) 被告が、本件建物の賃貸借に関して作成された契約書に期間を一年とし、協議の上更新できる旨の条項を記載しているのは、一年限りで契約が終了する旨の合意があつたからではなく、財政法等の制約および経済事情の変動を考慮して書面上形式的に定めたものにすぎず、右条項は契約の存続期間を定めたものではない。すなわち、

1  国が土地、建物を当該会計年度以降にわたつて長期間賃借する行為は、国庫債務負担行為として、その年限と、期間中の適正なる総支出金額とを確定して、国会の議決を経なければならない(財政法第一五条、なお同二六条)。したがつて、被告は賃借期間内の経済事情の変動を予想し、予め右期間中の適正賃料を確定することが必要となるが、現在の如き経済事情下では右確定はとうてい不可能である。しかも本件では被告は行政協定(現在は地位協定)を実施するために本件建物を賃借し、駐留軍が本件建物の使用を必要としなくなるまでその賃貸借関係を存続しなければならないところ、右時期は全く不明という他ないから、被告は、本件建物の賃貸借契約の締結にあたり、予め賃借期間を確定すること、したがつて右期間中の適正賃料を確定することが不可能であつたのであり、したがつて国庫債務負担行為によることができなかつたわけである。

2  ところで、後記原告の反論一、(二)で原告が主張するように、被告主張の不確定期限は当該会計年度を越えるのであるから、当該契約が国庫債務負担行為によつていない以上、予算の裏付けなしに賃料債務を負担することになり、右は財政法に違反するものではないかという疑問がありうるが、かかる不確定期限の契約をしても、当該会計年度未には、翌会計年度の歳出予算が成立決定し、翌会計年度に賃料債務を弁済しうるか否かも判明するので、この時点において予算の有無にしたがい、契約を一方的に解約終了させるか否かを決定することとし、なお経済事情の変動に即応した賃料の改定について協議決定したという趣旨から、契約書に期間を一年とし、協議の上更新できる旨の条項を挿入しているのであるから、何ら財政法に違反するものではない。

3  したがつて、右条項は財政法等の関係から定められたものであつて、被告が物件を賃借する場合のすべてに通ずる例文であり、一年間の期間は賃料改定期間という程度の意味しか有しないのである。

(三) なお原告は、被告の以上の主張が認められるとすれば安保条約特別措置法制定の理由も、同法による強権の発動の必要もなくなると主張する(原告の反論一、(三))が、被告としては右強権の発動は可及的に差し控えるべきであつて、そのために有効適切な方法として本件の如き契約方式を採用したのであり、また右強権の発動が必要となる場合は本件の如き場合ではないから、右主張は失当である。

二 原告主張の更新拒絶には正当事由がない。

(一) 原告主張の自己使用の必要性とは当初から存在した全く主観的な必要性であつて、これをもつて正当事由の一内容とすることはできない。

また、合併前の原告会社と山王ホテルとの関係は、人事および資本の面でほとんど無関係に近いものであり、特に株式保有の関係においてはいわゆる親会社と子会社との間でみられるような関係は何ら存在しなかつたものである。しかも原告会社は合併以前から本件建物につき山王ホテルと被告との間で賃貸借契約が締結されており、それが安保条約に基づく地位協定によるものであつて、対米軍との関係を考慮すれば本件建物の短期間内の返還が非常に困難であることはわかつていたはずである。それにもかかわらず、昭和四三年八月に山王ホテルを合併し、直ちに、その数年前から上昇していたホテルの需要や、自己使用の必要性を正当事由という名目で主張することは信義に反するもので許されない。そうでなければ、あたかも地震売買のごとき不正義が行なわれたと同様の結果となるからである。

(二) 被告が駐留軍に対し本件建物を「施設及び区域」として提供して以来、駐留軍は、本件建物を、部隊の移動その他の事由により日本国内に駐留する米軍人が日本国外へ移動する場合、駐留その他の目的のため米軍人が日本国外から日本国内に入国した場合、もしくは日本国内で米軍人が移動する場合等に、当該軍人が一時(長くて一、二週間程度)宿泊する施設として、あるいは米三軍(陸・海・空)の個別的、合同的会議とか、駐留軍と被告との間の各種の会議の会場として使用しているが、このような目的に使用されている建物は日本国内には本件建物をおいてほかにないため、本件建物の利用度は一〇〇パーセントに近い状態である。

(三) 本件建物は前記の使用目的に照し、機密保持、軍の移動連絡の機動性、米国大使館との連絡その他の観点からして最適の場所にある。駐留軍は適当な代替施設があれば本件建物を返還してもよいとの意向を示しているが、代替施設として適格性には厳しい条件が付せられており、被告は数回にわたり駐留軍に対し代替施設の申込みをし、折衝を重ねてきたもののいずれも成功をみるに至らなかつた。被告としては今後も努力を続けていくつもりであるが、この返還交渉は国家間の各種の国際情勢を背景として行われるため極度の困難さを伴つている。さればといつて返還交渉不成立のまま返還を強行するとなると日米間の国際信義は著しく損われ、被告である日本国としては大きな損失を蒙ることになる。したがつて被告は本件建物を賃借使用する必要がある。

(被告の主張に対する原告の反論)

一(一)  平和条約発効後の、被告の本件建物賃借の目的が安保条約に基づく行政協定もしくは地位協定を実施するために、本件建物を駐留軍の用に供する点にあることは明らかであるが、右は賃貸借契約における賃借目的にすぎず、このことから当然に契約が右目的の終了するまで存続する旨の不確定期限付のものとなるものでないことは明らかであり、被告の主張は賃貸借の目的と期間の定めとを混同するものである。

(二)  本件建物の賃貸借が不確定期限付のものであるとする被告の主張が認められるとすれば、右は一年を越えるものであるから、国庫債務負担行為として国会の承認を経なければならないことは財政法上明らかであり、また表面一か年契約としておくことによつて右承認をせん脱するものとして憲法、財政法の脱法行為となるものであつて、かかる承認を得ておらない本件の賃貸借契約についての被告の前記主張は明らかに誤りである。

(三)  また旧安保条約第三条に基づく行政協定の実施に伴う特別措置法、新安保条約第六条に基づく地位協定の実施に伴う特別措置法の制定の目的は、従前より施設、区域の提供をなしてきた者に更新拒否の自由が存することを前提として、右の者が条約発効後契約更新に応じないときに被告が強制的にその使用を実現して継続使用を容易ならしめることにあつたのであり、本件建物の賃貸借契約書にも同法による強権の発動のあることを前提とする規定が存在するところ、仮りに被告の不確定期限付なる主張が認められるとすれば、右強権の発動の必要はなく、同法制定の理由はないことにならざるを得ず、右契約書の規定も無意味となるわけである。

(四)  本件建物は請求原因四、(二)の2主張のとおり外務省告示の「一時使用の部」に属しているところ、被告の不確定期限付なる主張が認められるとすれば、右告示の「一時使用の部」と「無期限使用の部」との区別が失われるわけであつて不合理という他ない。

二  合併前の原告会社と山王ホテルとは、つぎのように、その創立当初から密接な結びつきがあり、両者の合併は歴史的由来をもつており、山王ホテルとしては原告会社と合併することにより悲願の接収解除と由緒あるホテル業の再開を実現せんとしているのであつて、被告の「地震売買のごとき不正義」との主張は全く当らない。すなわち、原告会社は昭和一二年に、山王ホテルは昭和七年にそれぞれ設立されたが、当時都内の著名なホテルとしては帝国ホテルと丸ノ内ホテルの両者があり、それに対抗する形で原告会社と山王ホテルは新興ホテルとして相互に協力して業績の同上に努力して来た。そのため、昭和一五年には、当時の山王ホテルの社長中谷保が原告会社の取締役に、原告会社の社長土屋計左右が山王ホテルの取締役にそれぞれ就任し、ともに昭和二二年まで在職したが、独占禁止法の施行に伴ない、それぞれ取締役を辞任して相談役になつた。終戦後両ホテルはともに接収され、その状態は平和条約成立後も継続したが、前記のごとき密接な関係にある両ホテルは協力して接収解除の要請を続け、昭和三一年に漸くにして原告会社のみ解除となり営業を再開しうるようになつたが、山王ホテルは解除に至らず、長年の休業のためにとえ解除となり建物の返還を受けても独力ではホテル業を再開することが出来難い状態であつて、当時から山王ホテルは開業に際しては原告会社の協力を強く要請し、原告会社もこれが支援を約していたのである。そのため昭和三九年には前記相談役に加え、当時の山王ホテルの社長中谷保の子息にして同社の取締役であつた中谷保平が原告会社の取締役に、また原告会社の社長土屋計左右の子息にして同社の取締役であつた土屋計雄が山王ホテルの取締役にそれぞれ就任し、取締役の交流を復活したのである。

第三  証拠関係<略>

理由

一請求原因事実中、(1)本件建物がもと山王ホテルの所有であつたところ、昭和二一年九月一日連合国占領軍によつて接収されたが、右山王ホテルと被告との間に、同日付契約書をもつて、本件建物につき期間を同日より本件賃借目的の終了までとする賃貸借契約が締結され、本件建物は同日以降占領軍の使用に供されるに至つたこと、(2)その後、右両者の間に、昭和二三年四月一日付をもつて、期間を昭和二四年三月三一日までとして賃貸借契約を締結する旨の契約書が取り交され、以後、右契約は、契約書上右期間を一年毎に更新するものとして取り扱われ、昭和二六年三月三一日まで至つたが、同年一〇月一〇日付をもつて、期間を同年四月一日より一年間とし、ただし被告において毎年一方的に契約を更新することができるものとする賃貸借契約を締結する旨の契約書が取り交され、さらに右契約は書面上、昭和二七年四月一日から一年間更新するものと取り扱われたこと、(3)ところが、同月二八日平和条約が発効したのに伴い、被告は旧安保条約第三条に基づく行政協定第二条第一項の施設として本件建物を駐留軍の使用に供することとなつたが、前記の賃貸借契約は平和条約発効後九〇日の経過で失効することとなつたため、山王ホテルは、同年七月二八日、被告との間に、本件建物につき改めて賃貸借契約を締結したこと、もつとも、契約書上は、同日付「不動産契約特殊契約条項改訂条項」と題する合意書をもつて右(2)記載の契約を改訂する形式をとり、なお前記一方的更新権に関する規定は削除したこと、以来本件建物は駐留軍の使用に供されるに至つたが、翌昭和二八年三月二五日付契約書をもつて、山王ホテルと被告との間の合意により、昭和二七年七月二八日から昭和二八年三月三一日までの賃貸借につき契約書全文を改めたこと、(4)そして、同年四月一日以降の賃貸借については、契約書上、期間を毎年四月一日から翌年三月三一日までとして一年毎に更新する形式がとられて、昭和四四年三月三一日に至つたこと、(5)その間、昭和四三年八月二二日、原告会社は右山王ホテルを吸収合併して本件建物の所有権を取得し、山王ホテルより本件建物の賃貸人たる地位を承継したこと、(6)そこで、原告会社は昭和四三年九月二五日ころ到達の内容証明郵便をもつて被告に対し更新拒絶の意思表示をなし、以後右賃貸借契約は昭和四四年三月三一日に期間が満了したと主張して更新を拒絶していることについては、いずれも当事者間に争いがないところである。

二原告は、平和条約発効後の昭和二七年七月二八日以降の本件建物の賃貸借は、契約書の記載どおり、期間を当初は右同日より昭和二八年三月三一日まで、その後は毎年四月一日から一年間とする単純な賃貸借である旨主張し、被告は、右賃貸借は駐留軍の必要とする限り存続する旨の不確定期限付のものである旨主張する。

(一)  ところで、平和条約発効前の権利関係についてはともかくとして、平和条約発効後においては、国(政府)が国民の私有財産を使用するにあたつては、国内法に照して許された方法に依るべきものであることは言うまでもないところ、本件のごとく、国が旧安保条約上の義務として同条約第三条に基づく行政協定第二条第一項の「施設」として、他人の権利の対象たる物件を駐留軍の使用に供するには、旧安保条約第三条に基づく行政協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法の定めるところによりこれを強制的に使用または収用する方法によるか、あるいは右権利者との間の私法上の契約によりこれに対して何らかの権利を取得する方法によるか、そのいずれかによらざるを得なかつたものであり(この点については、昭和三五年六月二三日新安保条約が発効した後、現在に至るまで、法令名が右の「旧安保条約第三条に基づく行政協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」から「新安保条約第六条に基づく地位協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」に変更されたほか、実質的には何らの変更がない。)、本件においては、被告は右の強制的方法によらず、前示のとおり、山王ホテルとの間に昭和二七年七月二八日に賃貸借契約を締結し、これに基づき本件建物を駐留軍の使用に供することとしたことは明らかである。そして、この場合、右契約関係については、対等の当事者間における私的契約関係として、民法の全面的適用があることは言うまでもない。

(二)  そこで、右契約締結の経緯について検討する。

1  まず、前示争いない事実によれば、昭和二一年九月一日連合国占領軍の接収に伴つて締結された最初の契約においては、賃貸借の期間について、本件賃借目的の終了までと定められていたものであるところ、右に賃借目的とは、右占領軍の接収の事実に徴すれば、明らかに右占領軍の使用に供する目的を指すものであるから、結局右契約の賃貸借は、占領軍が本件建物の使用を継続する間存続するとの趣旨の不確定期限(終期)付のものであつたことは明らかである。ところが、右争いない事実によれば、昭和二三年四月一日付の契約書においては、右契約の期間を昭和二四年三月三一日までとすることとされ、以後、契約書上、右期間を一年毎に更新する取扱いがなされ、昭和二六年三月三一日に至つたが、同年一〇月一〇日付契約書においては期間を同年四月一日より一年間とし、ただし、被告において一方的更新権を留保するものとされ、さらに、右契約は書面上昭和二七年四月一日から一年間更新するものとして取扱われていた(成立に争いのない甲第五号証によれば、国は昭和二七年三月二八日付書面で、右一方的更新権の行使により同年四月一日より一年間契約を更新する旨山王ホテルに通知し、山王ホテルもこれを了承したものと認められる。)というのである。右事実によれば平和条約発効当時における本件建物の賃貸借契約は、賃借目的の終了までとする当初の契約とは多少表現を異にし、一応期間を昭和二七年四月一日から一年間としたものの、期間が満了した時は、被告において一方的に更新しうる旨の特約が付せられていたのであつて、連合国が本件建物の使用を望む以上、被告は右更新権を行使せざるをえないのであり、山王ホテルにおいても、かかることは十分了解していたことというべきであるから、その実質は当初の契約と異なるところはなく、当初の契約と同様な不確定期限付のものであつたというべきである。

2  ところで、昭和二七年四月二八日、日本は連合国との間に平和条約を締結し(同日アメリカ合衆国との間に旧安保条約も締結された。)、右平和条約が同年七月二八日発効したのに伴ない、被告は条約上の義務の履行として旧安保条約第三条に基づく行政協定第二条第一項の施設として本件建物を駐留軍の使用に供することとなつたことは前示のとおりであるが、所有者である山王ホテルとしても、条約が存続する以上、当時の客観状勢および旧安保条約第三条に基づく行政協定の実施に伴なう特別措置法により駐留軍施設のため国が民間資産を強制収用することが認められていたこと等からみて、駐留軍において本件建物を必要としない事情が生じ、または被告において駐留軍の満足する代替施設を提供しない限り、本件建物が早急に返還されるものと期待できる状況にないことは十分に知悉していたものと認められる。もつとも、なるほど、この間の昭和二七年七月二六日、外務省告示第三四号において、旧安保条約第三条に基づく行政協定により被告が駐留軍に提供する施設、区域につき、「無期限使用の部」に属するものと、「一時使用の部」に属するものとを区別し、本件建物が「一時使用の部」に属するものとして掲げられたことは当時者間に争いないところであるけれども、証人佐久間章の証言によれば、右に一時使用とは、駐留軍がなるべく早い機会に日本へ返還するという趣旨を出ないものであることが認められるところ、なるべく早い機会とはいつても、駐留軍が必要とする限り代替施設がなければならないのであり、それが容易でないことは明らかなところであつたから、右告示をもつて本件建物の早急な返還を期待する根拠となしえないものであつたことは明らかである。ちなみに、成立に争いない乙第二号証によれば、昭和三六年四月一九日、調達庁告示第四号においては、地位協定第二条による施設及び区域表が明らかにされたが、ここでは前記「無期限使用」と「一時使用」との区別は排除されていることが認められる。

3  このような状況のもとに、昭和二七年七月二八日、前示のとおり、山王ホテルと被告との間に改めて賃貸借契約が締結され、その際被告の前記一方的更新権に関する定めは削除されたが、その後昭和二八年三月二五日付契約書をもつて、昭和二七年七月二八日から昭和二八年三月三一日までの賃貸借につき契約書全文を改めて契約が改定されたことは当時者間に争いがない。そして、(イ)成立に争いのない甲第七号証の一によれば、右契約書には更新および解約に関し、期間満了の際被告において必要あるときは賃貸人と協議の上更新でき、かつ契約期間中であつても、駐留軍が本件建物を使用しなくなつた場合は、賃借人である被告はいつでも本件建物賃貸借契約を解除することができる旨が規定されたことが認められ、(ロ)他方、原告は右契約書において当事者の合意による更新の定めが新しく設けられた旨主張するが、前掲甲第七号証の一の賃貸借契約書にはかかる合意条項が存しないことが明らかであり、他に右主張を認むべき証拠もない。

そこで、右(イ)および(ロ)で述べたことを併せ考えると、昭和二八年三月二五日付の賃貸借契約書の更新条項は、形式上契約期間を一年とし、その更新にあたつて後に述べるような趣旨で当時者双方が協議をすることを要するが、たとい協議が整わなくても、被告が駐留軍に対し条約上の義務の履行として国内法の許容する限度において駐留軍が必要とする期間円滑に施設提供を行なうことができるよう被告に一方的更新権を認めた趣旨と解するのが相当である。そして成立に争いのない甲第七号証の二、第八号証によれば、同年四月一日以降の賃貸借についても、昭和二八年三月二五日付契約書と同内容の契約書により書面上期間を毎年四月一日から翌年三月三一日までとし、一年毎として更新する形式がとられ、昭和四四年三月三一日に至つたことが認められる。

4  ところで、右のように契約期間を予め長期に定めることなく、書面上一年毎に更新する形式をとつた理由について検討すると、成立に争いのない乙第一号証、第四号証、証人佐久間章の証言によれば、本件建物の賃貸借は、その使用目的からみて一会計年度をこえて長期化することが予想され、その期間と期間中の総支出金額を予め確定することはとうてい不可能であつたこと、そこで被告としても、やむなく、形式上、前記のように四月一日から翌年三月三一日まで(昭和二七年度に限つては平和条約発効の年であつたため同年七月二八日から昭和二八年三月三一日まで)の国の会計年度に合わせた形で一年を期間とする契約を山王ホテルとの間で締結し、これを被告の一方的更新権の行使により更新をして長期にわたる契約の継続を可能とし、他方、一年の契約期間中賃料を据置き、更新の都度賃料を増額する扱いをして、右期間の実質を賃料据置期間として、当事者双方が運用してきたことが認められる。

(三) 以上の事実によれば、平和条約発効後の昭和二七年七月二八日以降の本件建物の賃貸借は、書面上期間を一年とする旨の記載があり、また(後記のとおり)合意更新による契約継続の形式をとつてきたとはいえ、その実質は、駐留軍が提供の趣旨に従い、本件建物の使用を継続する限り国内法の許容する限度で賃貸借関係を存続させる旨の不確定期限(終期)付のものと解するのが相当である(従前よりの経過や当時の状況からすれば、山王ホテルに、賃貸人として、被告国と賃貸借の条件、とくに期間についてとやかく協議する余地はなく、山王ホテルがその実質右の如き不確定期限付賃貸借契約を応諾しても、それは無理からぬところというべきであろう。)。なお、前記協議更新規定のおかれた趣旨を忖度すれば、各契約書記載のいわゆる期間満了の際には当事者間に協議の機会を与えることにより、爾後の賃料額についての協議のみならず、本件建物の賃貸借の存続の要否についての検討の機会をも置き、当事者間において右賃貸借の不相当な存続を可及的に防止しようとする意図をも看取しうるのであり、本件建物の賃貸借を不確定期限付きのものと解したからといつて、右協議更新規定が無意味となるものではないというべきである。また、前掲甲第七号証の二、第八号証、成立に争いのない甲第七号証の三、第九号証の一、二によれば、昭和二八年四月一日以降昭和四三年四月一日まで一年毎に、被告は山王ホテルに対し、いわゆる更新につき同意を求め、いずれもその同意を得た上で、賃貸借契約を締結していることが認められるが、この措置は、右趣旨に照らせば、いわゆる更新に当り、運用として、慎重を期するためにとられたものとみるのが相当であり、かかる事実があるからといつて、被告主張のように、本件建物賃貸借契約の期間が一年で当事者の合意により更新される約定のものと解すべき根拠となしうるものではない。さらに、原告は、もし本件建物の賃貸借が不確定期限付のものと解するとすれば、旧安保条約第三条に基づく行政協定の実施に伴う特別措置法あるいは新安保条約第六条に基づく地位協定の実施に伴う特別措置法による強権発動の必要はなくなるから、右各法制定の理由がないことになる旨主張するが、これらの特別措置法は単に従前より施設、区域の提供をなしてきた者のみを対象とするものではなく、新たな提供を求める場合をも対象とするものであることは各法文上明らかであるし、また、従前より賃貸借契約に基づき施設の提供をなしてきた場合においても、賃貸借契約の存続期間は民法第六〇四条によつて制限を受けることがありうること、また賃貸借契約の存続中に、右各特別措置法によつて使用または収用をするということもありえないではないことに照せば、右各特別措置法の存在は、本件建物の賃貸借を前記のように不確定期限付のものと解するに何らの妨げとなるものではない。

三右のとおり、昭和二七年七月二八日以降の本件建物の賃貸借は、その実質、駐留軍が提供の趣旨に従い本件建物の使用を継続する限り存続する旨の不確定期限(終期)付のものと認むべきであるから、ただ昭和四四年三月三一日の経過の一事をもつて、期間が満了する約定であつたことを前提とし、同日の経過をもつて本件建物の賃貸借が終了した旨の原告の主張は、その余の点にふれるまでもなく、失当たるを免れない。しかし本件のごとく賃貸借の終期が不確定期限にかかる、不確定期限付賃貸借契約の場合においても、期限が到来することなく二〇年を経過するに至つたときは、民法第六〇四条の趣旨により、不確定期限の定めはその効力をもたなくなり、不確定期限付契約として存在する余地はなくなつて終了するといわねばならない。

四被告は前記平和条約発効後の昭和二七年七月二八日以降の本件建物賃貸借につき、契約の更新に関する借家法第一条の二、第二条が適用されると主張する。

しかし、右の昭和二七年七月二八日以降の本件建物の賃貸借については、賃借人が国であり、その目的は、被告国において条約上の義務として駐留軍の使用に供するという、極めて特異なものであつて、契約の更新に関する借家法の規定―これらの規定は、賃貸借の継続を保障し、本来賃貸人に対してとかく弱い立場に立たされ勝ちな賃借人またはその意思に基づき現実に使用する者の生活の保護安定に資することを目的とする社会政策的なものである―が予定しているような社会関係とは著しく趣きを異にしていること、そして右の特異性の故にこれに照応して、被告国は、昭和二一年九月一日連合国占領軍の接収を起縁とする前記認定のごとき経緯のもとに、もつぱらその実質前記のごとき不確定期限付と認むべき賃貸借契約として山王ホテルにこれを締結させたものであること、さらに駐留軍の用に供するため土地建物等を必要とする場合、特別に、前記特別措置法によつて、土地建物等を駐留軍の用に供することが適正且つ合理的であれば、これらを強制的に使用または収用する途が被告国には開かれてきていることを考え併せれば、所定の不確定期限が現実に到来したときはもとより、右期限が到来することなく二〇年を経過して終了したときでも、借家法第一条の二、第二条による契約の更新はこれを認むべきでなく、またこれを認めねばならない必要もないと解するのが相当である。

したがつて、被告の右主張は理由がなく、昭和二七年七月二八日以降の本件建物賃貸借は、前記のごとき不確定期限付賃貸借として、民法第六〇四条所定の期間を経過することにより、当然終了して消滅に帰したものというべきである。

五したがつて、その余の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由があるものとして認容すべきものである。

よつて、訴訟費用は民事訴訟法第八九条により被告の負担とすることとし、なお仮執行の宣言の申立については、相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(園田治 松野嘉貞 石垣君雄)

<物件目録略>

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